今日は吉藤健太朗(オリィ)さんの講演会に参加してきた。
オリィさんについては,
オリィ研究所やTwitterの
アカウントを見てもらえばと思う。
講演会は,現在の活動の原動力となっている「孤独をなくしたい」という思いや現在の活動についての紹介,社会に参加できなかった人がどうやって参加できるようになるのか,といった話だった。
孤独にならない,というのは「関係性がある」ということであるとし,どうすれば関係性を作ることができるのかを考えて作ったのが,分身ロボットOriHimeということらしい。
生身の体が無くても関係性というものは作れ,重要なのは「いる」という存在感があるかどうかという点のようだ。
興味深かったのは「存在率」という考え方。
例えば,OriHimeを使って研究所から講演会をしたとして,講演会場での存在率90%,研究所での存在率10%といった具合である。(実際に,講演を予定していた日に入院をするということがあって,その日は現地にOriHimeを送って講演したらしい)
RPGゲームでの没入感も似ていて,その時はまさしくゲーム内に自分が存在していると思っているわけである。
SNSやオンラインゲームもそうであるが,こうした取り組みを同期方法やコミュニケーション方法として捉えると面白い。OriHimeの場合は,ロボットの身体を使った同期型コミュニケーションである。
関係性を作るためにコミュニケーションが必要で,それをどうすればできるのか,コンピュータやロボットが個人にも身近になった現在では,考え方次第で可能性は広がるわけである。
ALS患者の方や事故で身体が不自由な方が,家族とコミュニケーションをとったり,仕事をしたりする事例も紹介があった。
こうした事例からは,OriHimeは身体の拡張というように考えられる。
テレワークというのは今までもあったけど,存在率も重視することでコミュニティへ帰属感も全然違うだろう。
また,今まで,社会参加が難しかった人も参加できるようになるし,参加方法も多様化するというのは良いことだろう。生身の体が無くても,その場に参加できるということが受け入れられるようになることで,身体のダイバーシティも向上するようになるのではないか。
コンピュータの発展によって,人間が扱える計算は格段に進歩した。
こうした人間の能力の拡張をするために技術が活用されることは多々ある。
OriHimeのようなロボットによる,身体の拡張というのはフィジカルコンピューティング分野の発展によるものである。
介護や農作業などで注目されるパワードスーツも,身体の拡張の事例である。
これまでは,社会に対して障害があり,それを無くすためにこうした技術を使うということがあったが,積極的に使うことでさらに人間ができることを増やすことが可能になるのではないか。
例えば,高所で作業する時に手が4本欲しいなんてことも可能になるわけである。
身体のダイバーシティが高まることで,もっと自由な発想が広がることを期待したい。