2017年11月26日日曜日

身体の拡張とダイバーシティ

今日は吉藤健太朗(オリィ)さんの講演会に参加してきた。
オリィさんについては,オリィ研究所やTwitterのアカウントを見てもらえばと思う。
講演会は,現在の活動の原動力となっている「孤独をなくしたい」という思いや現在の活動についての紹介,社会に参加できなかった人がどうやって参加できるようになるのか,といった話だった。

孤独にならない,というのは「関係性がある」ということであるとし,どうすれば関係性を作ることができるのかを考えて作ったのが,分身ロボットOriHimeということらしい。
生身の体が無くても関係性というものは作れ,重要なのは「いる」という存在感があるかどうかという点のようだ。
興味深かったのは「存在率」という考え方。
例えば,OriHimeを使って研究所から講演会をしたとして,講演会場での存在率90%,研究所での存在率10%といった具合である。(実際に,講演を予定していた日に入院をするということがあって,その日は現地にOriHimeを送って講演したらしい)
RPGゲームでの没入感も似ていて,その時はまさしくゲーム内に自分が存在していると思っているわけである。
SNSやオンラインゲームもそうであるが,こうした取り組みを同期方法やコミュニケーション方法として捉えると面白い。OriHimeの場合は,ロボットの身体を使った同期型コミュニケーションである。
関係性を作るためにコミュニケーションが必要で,それをどうすればできるのか,コンピュータやロボットが個人にも身近になった現在では,考え方次第で可能性は広がるわけである。

ALS患者の方や事故で身体が不自由な方が,家族とコミュニケーションをとったり,仕事をしたりする事例も紹介があった。
こうした事例からは,OriHimeは身体の拡張というように考えられる。
テレワークというのは今までもあったけど,存在率も重視することでコミュニティへ帰属感も全然違うだろう。
また,今まで,社会参加が難しかった人も参加できるようになるし,参加方法も多様化するというのは良いことだろう。生身の体が無くても,その場に参加できるということが受け入れられるようになることで,身体のダイバーシティも向上するようになるのではないか。

コンピュータの発展によって,人間が扱える計算は格段に進歩した。
こうした人間の能力の拡張をするために技術が活用されることは多々ある。
OriHimeのようなロボットによる,身体の拡張というのはフィジカルコンピューティング分野の発展によるものである。
介護や農作業などで注目されるパワードスーツも,身体の拡張の事例である。
これまでは,社会に対して障害があり,それを無くすためにこうした技術を使うということがあったが,積極的に使うことでさらに人間ができることを増やすことが可能になるのではないか。
例えば,高所で作業する時に手が4本欲しいなんてことも可能になるわけである。
身体のダイバーシティが高まることで,もっと自由な発想が広がることを期待したい。




2018年度から

「何しているの?」「いつまで大学にいるの?」という話がありましたので,近況報告です。
現在は,兵庫教育大学大学院の博士課程(後期)に在籍して3年目になります。ようやく博論をまとめる条件も概ねそろったため,博論をガシガシと書いている日々を過ごしています。提出は1月10日です。その後,2月中旬に論文審査となります。やれるだけやるしかない状態です。といっても,日々の生活は割と規則正しく,8:30に大学に来て19:00には家にいるという感じです。朝や夜に家で研究関連の作業をしていることはありますが,だいたい家では家事をしているか,余暇を過ごしている感じです。他にも,学内にあるギークラボ上越の業務補助をしたり,教採eラーニングの作問をしたりと色んな経験をさせていただいています。

来年度からの予定ですが,一般財団法人軽井沢風越学園設立財団の内定をいただき,軽井沢にて軽井沢風越学園の設立に関する業務に携わることになりました。軽井沢風越学園の情報についてはWebページ(http://kazakoshi.jp)を見てください。2018年3月から長野県軽井沢町周辺に移住予定です。そして,開校後は,技術と家庭の授業を中心に担当する予定です。「学校をつくる」というめったにない仕事に携われることに,非常にやりがいも楽しみも感じているのですが,やはり多少は不安もあります。しかし,どこで何をしていても,やれることを精一杯やるということは変わらないと思います。

これまで,周りの方々にたくさん助けられてきました。来年度以降も,ますます助けられながらやっていくことになると思います。心強い周囲の方々に感謝する日々です。精一杯やっていくことで,少しでも周囲に恩を返せたらと思います。

2017年10月1日日曜日

Autodrawとレーザーカッターでコースターを作る講座での興味対象

昨日は,午前中に家で原稿を書いて,昼からは大学へ。
午後一で,情報センターでの講座を担当しました。いくつかブースがあるイベントのうちの1つだったのですが,5名の小中学生が来てくれて,それぞれ作りたいものを作って帰っていきました。講座は,Autodrawとレーザーカッターを使った工作だったのですが,人によって全然作る物が違いますし,そもそもの興味が違いました。AutodrawといえばAIにサポートしてもらいながら描く機能で話題になったソフトなのですが,中にはまったくその機能を使わない人もいました。AIのサポートを使わない人の中でも,「これを作るんだ!」と写真を用意してきた人もいれば,描きたいものが好きすぎて何も見ずにもくもくと作り続ける人も。
もちろん,Autodrawとレーザーカッターに興味をもった人もいました。Autodrawに興味を持った人の中には,何を判断材料にしているのか気になるらしく,何度も似ているが微妙に違う絵を描いて確かめてみたりしている人もいました。レーザーカッターに興味を持ち,どれほど細かい描画ができるのかを確かめるように,細い線のイラストを選び加工させている人もいました。
参加した5人(小3~中1)のうち,一緒に来たのは2人(小5と中1)だけで,他は初対面です。そして,それぞれやりたいことをやっている状態なので,データを作っている時は積極的なやりとりはないです。レーザー加工が始まったり,完成して取り出したりするタイミングで自然と集まり,「見せて!」「へぇ~」と盛り上がり,また各々の場所へ戻る。そんな感じでした。
コンピュータで加工用のデータを作る場合,そのメリットの1つは,いくつかの意味でやり直しができることにあると思います。また,今回使ったレーザーカッターは,なかなか加工時間が短いので,短い講座時間の中で何度か実際に加工ができました。こんな感じに,初めての場合「とりあえず,やってみよう!」と気軽にできるソフトや機械は心強いと思います(運営側としても)。あとは,Autodraw自体も直感的に分かりやすい操作なので,結構楽をさせてもらいました。
Macbookを使っていたのですが,何度も画面をタッチして操作をしようとしている人がいました。初めて使ったコンピュータや普段使っているコンピュータで覚えた感覚って,結構重要なのかなと思いました。むしろ,以前学習したものを使って操作するわけですから,当然なのですが。彼にとっては,マウスという新しい道具との出会いだったのかな。(普段はiPadを使ってるようでした)

2017年8月20日日曜日

マイケル・B・ホーン,ヘザー・ステイカー:ブレンディスティット・ラーニングの衝撃


うまくいかない事例として,コンピュータを導入したが,授業は工場型教育なので,結局使わないし,コンピュータを使うことが目的になってしまう,という話があった。
これは本当に陥りがちなところで,自分自身の取り組みを見てもドキリとしてしまう。
技術科で注目されている3Dプリンタ。これも個人のニーズに合わせたものづくりツールとして注目されている。ものづくりに興味がある技術科教員であれば,一度は触ってみたいと思っている道具でもあるだろう。しかし,いざ授業に導入するとうまくいかない。結局教員は個別の対応に終始してしまっているという状況になる。

まず,教員と生徒の関係性が工場型教育のままだとうまくいかない。教員だけが知識を持ち,分からないことは教員に聞く,いやむしろ聞かないで行なうと「勝手にやっている」と言われてしまうという認識だ。
次に,いつそのツールを使うのかが固定されてる。個人によってつくるものが違う場合,ものづくりを支援するツールとしての3DCADや3Dプリンタを,「いつ」「どれだけ」使うのは個人によって異なる。しかし,使用するタイミングや時間を統一してしまうとうまくいかない。そもそも,どの基準に合わせて時間を設定するのか。

イノベーションには,持続的なものと破壊的なものがある。コンピュータによってディジタル化されたものづくりのツールは,十分に破壊的イノベーションを起こすための力を持っている。しかし,肝心の運用形態が従来のままでは,どこかぎこちなく,目的を見失いがちになってしまう。

2017年8月4日金曜日

リヒテルズ直子,「オランダの個別教育はなぜ成功したのか イエナプラン教育に学ぶ」

教育問題の原因について
「今の日本の教育議論では,教育問題の原因をすべて先生の能力の低さによるもの,と決めつけてしまうことが大変多いように思います。」
「学校制度のについて根底から見直し,教員の専門性と自由裁量権の保証について抜本的な改革を行うべきです。」
これについては,大いに賛成したい。周りの先生からも,もっとこうやりたいのに実際は実行に移せないという話をよく聞く。法規で決まっているものよりも,学校ごとや市町村ごとのローカルなルール(多くは慣習的なもの)が多い印象もある。
自分たちで変えられるという経験を教職員が率先して実感すべきだと思う。そうしてから,地域や保護者,児童生徒が加わり,ガバナンスに優れた学校づくりができると思う。

「個別教育では,画一教育に比べて子どもの進度に合わせやすい」
これが,個別教育のメリットとして最も大きなものではないだろうか。知識を伝達するという意味で教える側の都合からの発想ではなく,学習者側にとって都合がよく,効率的な状態にしやすいと思う。
また,生徒とのコミュニケーションも必要に応じて行なえるので,私としてもやりやすいと思う。

「個別教育を可能にしているのは,『個別指導』をするだけに留まらず,そのほかに『自立学習』と『共同学習』の場を確保し,授業の中でこれらを組み合わせて上手に取り入れているからだ」
「オランダでは,個別教育のことをよく,『サイズに合った教育』といいます」
この3つをうまく組み合わせるためには,教員の専門性は知識や技能の伝達ではないということが分かるはず。
合わせてることでうまく機能しているのが,「習熟度モニター制度」だ。

「筆記試験で測定できる能力だけで複数の子どもを比べたり,学校平均を出してランクづけたりするものではありません」
「それぞれの能力がどれほど発達しているかを確認するものです」
では,これをどのようにやっているのか。それが気になる。オランダでは,客観的で信憑性のあるものであれば,各学校が自由に選択できることになっている。
しかし多くの学校が,テスト開発センター(CITO)がICTを活用して開発した生徒モニターシステムを採用している。CBTで行うのはいいと思う。定期的に自主的にチェックするのもありだと思う。気になるのは,技能系のものは,どうやって評価しているのか。

中等教育改革の事例:スタディハウス
「『習うから学ぶへ』の改革といわれるように,教員から授業を受ける形態を減少させ,生徒自身が,教科書や参考書を読みながら,また,自分で情報を収集しながら自立的に学ぶという授業形態を大きく増やした」
「教員は,教壇から教える時間を最小限に留め,自立的に学習している生徒の自発的な質問を受け,必要に応じてアドバイスを与える,という役割を担っています」
初等教育の段階で,自立学習と共同学習のやり方が分かっていれば,中等教育,高等教育において,教員が支持することはほとんどなくなるだろう。アドバイザーやファシリテーターとしての役割に従事することが考えられる。



格好いい大人

これは何度も考えては忘れてを繰り返していることなので,再び忘れる前にメモをする。
おそらく,歳を重ねることでだんだんと分からなくなる感覚のような気もするので。

唐突であるが,大学進学以降に格好いい大人にたくさん会えた。
容姿が整っているとか,そういった意味ではなく,振る舞いや考え方が格好いいのだ。
私が格好いいと感じた点はいくつもあるのだが,共通する点は以下の点だ。


  • 今,何かに挑戦している。
  • 苦労することはあっても,楽しそうである。
  • これまでやってきた実績で語らない。
  • 今,何を考えていて,どうしたいかで自分を説明する。
  • 年齢や性別に関係なく対等に人と付き合おうとする。
裏を返せば,そうでないと格好悪いと思っているのだろうか。
自分でもよく分からないが,格好いい大人と会えたので今の自分があるのは間違いない。
私も格好いい大人になりたいし,そう生きていきたい。

書評ではなく,読書の際のメモとしての記録について

最近は就職活動が終わり,来年からの動きに関することが増えてきた。
それから,ようやく年度末に向けた動きが本格化してきてので,少しバタバタしていた。
そんな感じだったのでこちらの更新,とくに日報の更新がおろそかになってしまっていた。

言い訳はこの辺までにして,この机上の空r
机の上のメモ帳に書くことを少し増やしたい。

よく本を読むのだが,いわゆる一般書についてあまりまとめるように読むことがない。
そもそも,読んだ本をまとめるのが苦手なのだ。
いや,全般的にまとめることが苦手で,次々とあたらしいことに手を出してしまう性分なのだ。

読みながら,気になった点や分からない点などをメモすることがある。
ここのメモ帳にもそのように記述したいと思う。
なので,非常に断片的であるし,その切り取り方には私の主観が大いに含まれている。
というか,なにか新しい知識を獲得する際には,受け取り手の知識のネットワークによって受け方が違うので当たり前である。
したがって,あまり参考になるものではないと思う。もしかしたら,数年後,いや数か月後に私自身が読んでも参考にならないかもしれない。

しかし,もしも気になるフレーズや解釈があって,その本を手に取るきっかけになったら幸いである。

12月17日

博士論文の進捗は予定通りで,12月22日以降は校正作業に入れそうです。 博士論文と一緒に出す各種書類が案外多く,時間を取られています。 今は謝辞を書いているのですが,書くほどにこの6年間(学部も合わせれば10年間)本当に多くの人に良くしてもらったこと思い出し,...